あおくさいまま

あなたの幸せは、未熟老人の、この、ブログを育てることで、少し手に入る。 そして、ボケ老人が一人減るかも。 皆様でお育てください。

2017-06

「無我」の教えと「わたし」(2)

 
 前回の『「無我」の教えと「わたし」』は生まれてからの変化の連続が「わたし」です。
固定された、変化しない「わたし」は無い(無我)と言うお話。
それをもう少し具体的に観ます。

 怪我をした、病気になった。病院に行って診てもらう、
その体自体は生まれてから変化の連続ですし、
いずれかの時点で終わることは誰でも知ることである。

 一方、目で見て確認する、耳で聞いて確認する等,五感で確認するのも「こころ」。
仕事を終え家で寛ぐときの「こころ」、「約束をスッポ抜かされたとき」
「わかっているけどやめられない」と言った時の「こころ」、
生徒が騒がしいと先生が「授業に集中しなさい」と言うと静まる、
その変化をさす「こころ」。
つまり生きていることは「こころ」の変化の連続です。
これを固定された、変化しない「こころ」は無い(無我)と言う話。

 肉体の変化は終われば土にかえるだけです。
では「こころ」に終わりがあるのか、無いのか・・・・確認できません。
縁起の法則そのものです。(四諦)

 お釈迦様の教は、執着の「こころ」を無くし、「悪」をするよりも「善」をした方がいいでしょう。
「間違い」をしたら「謝りなさい」そして間違いをしないように「直しなさい」
このことの繰り返しが必ず「幸せ」をもたらす
(涅槃・解脱・悟りに確実に近づくと言う、不安の無い「こころ」のありよう)という教え

 言われてみればその通りなのですが・・・が、
偽りのない今の自分です。




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「無我」の教えと「わたし」


先日「無我」の教えと「わたし」と題した講座をうけました。
講師は「日本テーラワーダ仏教協会」A・ スマナサーラ長老です。
73歳の爺さんは耳が遠く、記憶力も弱いです。
2時間の講義の中で、思い出せるものはこれだろうな~と言う話です

 「歳をとるってうれしいですか?」「体が弱っていくのは楽しいですか?」と聞かれれば
答えは当然「嫌です、一日でも元気でいたいです」と返事をして何の違和感もない。
つまり今のままで変化しない自分であってほしいと願っているのです。

 では「変化しない自分とはどうなったときですか・・・・❓」
ドッキリ、「死亡した時です」

 生まれてから、ずーっと変化の連続が私です。
つまり固定された、変化しない「わたくしは」どこにもありません(無我)と言うお話。

超マイペース爺の仏教感

 
 
☆最強の自己中心者???
 ゴータマ・ブッダ、(お釈迦)を今風に言えば、ミス日本と結婚しお子様を授かった創業社長の2世と言った感じ。
老・病・死の苦(8苦)を解決したいと言って妻子・家業を捨てて家出をする。それは「この世と、かの世も共に捨て去る」その境地を知ることになる。「この世」は脳死をもって死が確定し土にかえる以前のことを現し、「かの世」とは何をもって言うのか、心(思)が想い浮かぶだけだ。それを我と言う。
 
 生きることはある意味、無常(現象の世界)・不満足(苦・迷い)の連続ともいえる。自我を固定的に捉えることがその原因とする。つまり固定的な自我を無くすことを無我と言う。無我を覚知した状態とは自分の「思」他人の「思」などと言う分別の相が生じない(無記)。不満足(苦・ストレス)の生じ様の無いことを言う。(四諦)

☆自利と利他の世の中
 科学的な思考をベースに成り立っている今の世(分別・概念・戯論)に、無我の覚知を合わせてみる。分業・分担・役割を互いに果たすことで今の世は維持されている。個人を例にすればスマートホンを使い、電車に乗り、日々暮らしている。各自の「思」が各自の「思」と同じにして世の中が成り立っているようにも見える。

 例えば、プテックの店員が、自分に似合う洋服の選び方をよく知らないお客様へ 根拠と事実をもって似合う洋服を紹介できる。そのように努める店員の想いを指す言葉を「思」と言う。この「思」はお客様の「思」に重なっている(同じている)。結果は店員の売り上げになり、お客様の不満足の解消になる。つまり相手もよろこび自分も充実した状況が生じる。このように捉えると「おおもとの仏教」の仕組は面白い。理想の世の中そのものを現しているようにも思える。

追伸:1、人は自分のしている仕事で能力を磨き、個性を充実させ、人間として完成に導かれていく。
(武者小路実篤)
   2、お釈迦様(ゴータマ・ブッダ)は自己中心者であった。(佐々木閑)
   3、時代・地域が変わっても変わらない教えが仏教
   4、始めに心があって心に血が通って命になって、それにエネルギーが加わって生命になる(岡潔)
   
上記の1~4のことを、超マイペース爺(73歳)の経験と合わせ、この先・これからの方へのストレスの解消、納得のいく人生のご参考になればと想いまとめてみました。皆様のご意見、ご感想をプラスして、更に良いものになると幸いです。
   
   
    

あるようにある、ただあるだけ(2)



日常生活をおくっていると、
いろんなことがあります。おきます。

その根拠を知り、事実を確認する。
そこに、間違い・聞き違い・言い違い・思い違い・勘違いがあれば、
互いに認め合い、そこに理不尽(我)の想いがない。

 つまり怒りの心、他人に聴いてもらいたいと言う心(愚痴)が生じない。
それを「あるようにある、ただあるだけ」という。

 つまり不満足の無い世界です。
誰にでもできます。

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こたえ



  「自分をたいせつに」ってよく聞くのだけれども
「自分を大切にするって難しいね」っていうことなのかもしれない。

 単純で世間知らずなパートのじいさんの不安な時は
パソコンで検索する。
大概は答えが見つかる。

 が、「クリエイティブ」なことが好きな人は
答えがなく自分で見つけるか、
納得するしかない。

 皆に「答え」が有ってほしい。

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プロフィール

かれいだにのよし

Author:かれいだにのよし
男・・・でも男はとっくに過ぎた お爺さん

お歳・・・決まって毎年一月十日に替わる。2010年満66歳

産地・・・富山県小矢部市嘉例谷(google earthで、生まれた家の屋根が確認できる)

名前・・・桜井 與三次郎

仕事・・・一生しない(好きなことを仕事にすれば 一生 仕事をせずに過ごせる。これ夢)

かわっているところ・・・間違い:失敗:ご迷惑:空気 読めないはもちろんです。そして、「事の良し悪しは 3歳の子でもわかる。それを 行うは80の爺さんでも難しい」と、開き直っている。

 拙いブログですけれども、リンクはフリーでございます。

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