FC2ブログ

あおくさいまま

あなたの幸せは、未熟老人の、この、ブログを育てることで、少し手に入る。 そして、ボケ老人が一人減るかも。 皆様でお育てください。

2021-03

清らかな心が育つ教え・・・⑧


清らかな心が育つ教え・・・⑧

 お釈迦様が マガタ国の王子としての暮らしは超ハーレム状態、今の時代では想像できないようです。
例えばご飯のお米は一粒一粒選んだものを使うと言う贅沢な暮らしであったようです。
それでも心は満たされず出家する。

 その意味を考えてみたい。
私共が求めているものはこころを決して満たすことができないことを示唆しているのかもしれない。
ぜいたくな暮らしをしていても老い、病、死から逃れることはできないのなら、そうした苦しみから逃れることは出来ないのなら、
そうした苦しみからの解放をもたらす唯一の真理をもとめて出立しなければならない。
其れが仏教の根底なのかもしれないし、きっと、そうなのです。

 その方法が慈しみの心であり、因縁の法則であり、四聖諦と記されているのです。
その方法(清らかな心が育つ教え・・・④をご参照ください)が日常生活の中にあるのです。

 日常生活のほとんどは習慣・パターンで暮らしているのです。真理を見ていないのです。
見る方法が歩くときは右足・左足と確認しながら歩くことです。
お皿を洗うときは(皿を)取る、洗う、運ぶ.置くと確認しながら洗う。
フローリングワイパーを使うときは押す、引くと確認しながら掃除をする。
それの繰り返しが苦しみを越える確実な方法なのです。
それを見つけられたのがお釈迦様なのです。日常生活の中に有るから真理なのです。
76歳、定年後パートの仕事も辞めほぼ24時間予定がない。その時間を使って焦らず怠けず、
認知症から離れ健康に暮らすのに役立つと思って気長に学んでいきます。
爺さんには最高のカルチャーです。
ご声援ください。
スポンサーサイト



清らかな心が育つ教え・・・⑦

    
  

 パートの仕事を辞め、「おさんどん」を済ますと、おおよそ20時間予定がない。
此の時間を使って日本の仏教の基になった、その大元の仏教を、日本テーラーワーダ仏教協会のサイト、や日本の各宗派仏教サイトを使って。学んでいます。
人を大まかな捉え方をすると、心と体(物質)が合わさった構造物と言ったイメージで学んでいくと、大元の仏教がわかりやすい。
身体は生まれたら必然的に去っていくものです。「衣・食・住・医療」にかかわる日常生活とは、体の維持をするためです。全て自分の意の通りになり様がないものに日々取り組んでいるのです。完成を観ないままに終えるのが人生なのです。
 そして「心」はいつも「憂い・悲しみ・苦しみ・悩み・落込み・老・死」の悩みが起きる。その悩みから離れる方法を学べるのが、大元の仏教であると爺さんの理解です。
 身体と心の合わさったものが私である。であるならば、心が変わるたびに私と言う構造物が変わっているのです。①感覚器官(目・耳・鼻・舌・体・心)②感覚器官の対象(色と形・声・香り,匂い・味・硬さ、温さ・法、その他諸々)③心は常に対象を知る(識)。④接触(感覚器官に対象物が触れている)⑤感受(好き・嫌い・どうでもいいと言った感覚)⑥想(概念・見解・経験・知識)⑦意(ポテンシャル、「しなくちゃ」と言った心の流れ)⑧欲が生まれる⑨その欲を大雑把に掴み納得する⑩その欲を詳細に掴み納得する。これら、一連の流れを自分が気づかないで、日常の生活をしている。だから、ただ直そうと思ってもその時の一時的なもので終わる。なので「わかっちゃいるけどやめられない」になってしまうのです。
 此の一連の心の流れを自分で納得できるまで、心の観察をする。これを「ヴィパッサナー(詳細な心の観察)」と爺さんの理解です。
①~⑩までの項目を一つ一つ認識し、確認し、成り立たないと確認したら捨てる、完全に捨てる、跡形もなく捨てる。結果「わかっちゃいるけどやめられないが」が無くなっているのです。これが爺さんの今までの理解していることです。「ヴィパッサナー(心の観察)」方法は日本テーラーワーダ仏教協会の長老(お坊さん)のご指導を受けると良いと思います。
 今はコロナウイルスの影響があり、日本テーラーワーダ仏教協会提供の動画サイトで学ばれるのもおすすめです。副作用(余計な欲が生じない)の無い、学んだ日から効果がある教えのように思っています。予定の無い時間を使って学んでいます。
この先も勉強が続けられますよう、皆様のご声援をお願いいたします。

清らかな心が育つ教え・・・⑥

こころが清らかになる教え・・・⑥
定年後、昨年の6月までパート仕事をしていたが辞める。
その予定の無い時間を使って仏教を学ぶようになった。
理由は実家が親鸞さんの浄土真宗であったからです。
 本来の、お釈迦様の教えには「教え」と「実践」がある。その実践とはヴィパッサナー(心の観察方法)です。その中に歩く瞑想がある。それを天気が良く晴れた日に実践しています。
心が穏やかになり、身体も健やかになり、(「生・老・病・死」かにかかわる「憂い・悲しみ・苦しみ・悩み・落込み」)を超えることができる、とある。
お釈迦様の教えを自分の理解の範囲でフオーマットにしてみました。ご参照ください。

自分を実験台にして学ぶ仏教
四聖諦
  仏陀の教え、根幹を私なりに理解していることです。
1) 苦
 一人一人が日々に感じている苦しみ
2) 原因
苦しみの原因を各自の基準で調べる
3) 滅
各自の基準が真理の面で成り立つのか調べてみる。
その真理は日本テーラーワーダ仏教協会のサイト、他宗教のサイト、法話、経典、月間パテーパダー、書籍などで調べる。調べた結果「無常・苦・無我」、「因縁の法則」、「慈・悲・喜・捨」が真理である、と理解、納得する。
各自の苦しみの基準が成り立たないと各自が理解納得する。
ヴィパッサナーを行う(日本テーラーワーダ仏教協会のサイトの動画を参考にする)。結果、苦しみが消えていく流れを知る。

4) 道
納得だけでは直ぐに元に戻ってしまう。そうならない方法が仏陀の教えであり。それが「八正道」です。
それは、ヴィパッサナーの実践で自然と身についてくる。


先立つものが無い爺さんにとっては、副作用
(他者の成功を喜び、他をうらやむ心が無く、慈しみの心で生きる、平等の心で生きる)の無い
最高のカルチャーと思っています。
この様に心の観察は爺さんが認知症から遠ざかる効果もあるようです。
そうなるようにと皆様のご声援をお願いします。

清らかな心が育つ教え・・・5


76歳の爺さんです。昨年の6月でパートの仕事を辞めて、毎日ほぼ20時間予定がありません。
旅行をしたり、映画を見に行ったり、食事で外出しようにも、先立つものが無い。保険料・税引き後の収入は名古屋市の一人暮らし生活保護所帯とほぼ同額です。

幸い生まれた実家が親鸞さんの浄土真宗であったため、その大元の仏教・初期の仏教を「日本テーラーワーダ仏教協会」のサイトをはじめ、他の仏教サイトも見ながら学ぶようにしていました。その中に、他人をうらやんでも仕方がない。一層のこと・うらやむこころが生じない方法があると知りました。

一口で言うと「自分の心を見なさい」です。これだけを言われても理解は人さまざまです。それでは間違った方向に進む可能性が生じます。それが生じないように確実に説かれているのが大元の仏教・初期の仏教と爺さんの理解です。お若くて、理解力があり、柔軟な心であれば7日で悟ことも可能とある読んだ本に書いてあったような記憶がある。76歳の爺さんには副作用(うらやむ心)の生じないカルチャーと理解し気楽に学ぶようにしていきます。

例えば人は心と体が合わさっていること実感するための、気持ちが他に向かわないように、「右足、左足」確認しながら歩く、たったそれだけです。安上がりで健康的でしょう。(日本テーラーワーダ仏教協会のサイトを使って学んでいます)
ご声援をよろしくお願いします。

清らかな心が育つ教え・・・④

清らかな心が育つ教え・・・④

 24時間ほぼ予定がない76歳、独身の爺さんです。実家が親鸞さんの浄土真宗でした。
このことから予定の無い時間を使って初期の仏教について学んでいます。
日本テーラーワーダ仏教協会のサイトを中心に日本の仏教もインターネットを使って調べています。

 前回の記事の中に生きものは「心」と「体」の合わさったものです。と書きました。
今日はそれを実感するために、悟りへの必須なことです。なので、その方法を私の理解の範囲で書きました。
 友達と歩きながらおしゃべりをする。新聞を見ながらお茶をする。ご飯を食べながらTV見る。
これらは、皆様日常で経験していることでしょう。
でも歩く時の心・おしゃべりするときの心・新聞を読むときの心・お茶をするときの心・ご飯を食べる心・TVを見る時の心は同じではないと、理解はできるでしょう。
そして、TVを見たい心でご飯は食べられません。ご自身でお試しください。(誤飲・誤嚥にご注意ください)
歩きたい心で、おしゃべりはできません。でも、それをしている。できる理由があります。つまり習慣です。日々を習慣・パターン(経験・知識・概念・見解・習慣)で生きているのです。これを破ると悟りになるのです。

 料理をするとき包丁を使う、その包丁を「オス、ヒク、オス、ヒク」と確認しながら材料を切る。歩くときは、右足運ぶ、左足運ぶ、右足運ぶ、左足運ぶ、と確認しながら歩くのです。
「体と心が合わさっている」これを強制的に認識するときは、まず超ゆっくり、と「右足上げる、上げる、上げる、次は運ぶ、運ぶ、運ぶ次は下す、下す、下す。次は左足上げる、上げる、上げる、次は運ぶ、運ぶ、運ぶ、次は下す、下す、下す。次は右足上げる、上げる・・・・」と確認しながら、日常で体験しない超遅く歩くのです。これで心が最初に有って次に行動が起きている。この事実を感じるのです。心と体が合わさっていることを実感できるのです。つまり自分の体が実験台なのです。

 こころを詳細に観察する。これをヴィパッサナー(心の観察)と言い、これをすることで信じる仏教から体験する仏教が可能になるのです。この様に爺さんは理解しています。
皆様のご声援で長く続けられますよう、お願いいたします。有難うございます。

 | ホーム |  »

 

カテゴリ

松原泰道師著「日々好日」を学ぶ (425)
※名古屋市名東区「いくじなし」になりたくないお爺さん (501)
※富山県小矢部市生まれ赤鼻爺さん (52)
※あなたの ひそかな願いは これ (37)
※未分類 (185)
ダイレクト出版様 (37)
アフリエイト (2)
あこがれの言葉 (5)
仕事とお釈迦様の教え(原始仏教・・・?) (84)
○○になるために、これをする・・・・ (3)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

 

プロフィール

かれいだにのよし

Author:かれいだにのよし
男・・・でも男はとっくに過ぎた お爺さん

お歳・・・決まって毎年一月十日に替わる。2010年満66歳

産地・・・富山県小矢部市嘉例谷(google earthで、生まれた家の屋根が確認できる)

名前・・・桜井 與三次郎

仕事・・・一生しない(好きなことを仕事にすれば 一生 仕事をせずに過ごせる。これ夢)

かわっているところ・・・間違い:失敗:ご迷惑:空気 読めないはもちろんです。そして、「事の良し悪しは 3歳の子でもわかる。それを 行うは80の爺さんでも難しい」と、開き直っている。

 拙いブログですけれども、リンクはフリーでございます。

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード