あおくさいまま

あなたの幸せは、未熟老人の、この、ブログを育てることで、少し手に入る。 そして、ボケ老人が一人減るかも。 皆様でお育てください。

2017-06

小学一年生も瞑想・・・?


ふれあい給食に参加しました。
あまりの違いにビックリでした。

 確かに小学校へ6年間通ったのは事実ですが
何しろ66年前の田舎と言うか山の小学校、
モノトーンの感情が浮かぶぐらいです。
 それに比べカラフル・色彩豊かな教室でのびのびとしている今どきの小学一年生。
ひとり暮らしの爺さんには「めまい」がしそうでした。

 そんな中で一緒に給食を頂きました。
食べる前の「頂きます」は昔と同じ、
でもその手順に驚く。

 リーダーの「手を合わせます」皆が「手を合わせました」と返事、
続いて全員で「頂きます」と唱和してから食べ始める。

 その流れは
「心・動作の一つひとつを分解・確認する」瞑想があるようだが、
それと重なる。

 将来が頼もしいぞ。
未來の藤井4段が浮かぶ
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「無我」の教えと「わたし」(3)


 執着の心が無い

 日々の生活するにあたって「知らない」よりも
「知ってた方が良い」と言った程度であっても、
「善い」と思うことをすれば「善い気持ち」になることは普通に経験しています。

 その事実だけを積み重ねると言った意味合い(執着の心が無い)を繰り返すことができれば、
そこに「不満足な気分」は生じない。

そうであっても、つい出てしまう「してあげたのに」「やってあげたのに」が自分の常。「わかっちゃいるけどやめられない・できない・していない」をたいした意識を持たずに過ごしている。

「今からでも、一つでも意識して頑張ろう」の気持ちになりたいこの頃です。

日の入り


梅雨にはいったよ~と聴いたようだが・・・
そのあとの晴天続きでこんな美しい夕日が見られます。

20170616.jpg


梅雨って気がしないね

「無我」の教えと「わたし」(2)

 
 前回の『「無我」の教えと「わたし」』は生まれてからの変化の連続が「わたし」です。
固定された、変化しない「わたし」は無い(無我)と言うお話。
それをもう少し具体的に観ます。

 怪我をした、病気になった。病院に行って診てもらう、
その体自体は生まれてから変化の連続ですし、
いずれかの時点で終わることは誰でも知ることである。

 一方、目で見て確認する、耳で聞いて確認する等,五感で確認するのも「こころ」。
仕事を終え家で寛ぐときの「こころ」、「約束をスッポ抜かされたとき」
「わかっているけどやめられない」と言った時の「こころ」、
生徒が騒がしいと先生が「授業に集中しなさい」と言うと静まる、
その変化をさす「こころ」。
つまり生きていることは「こころ」の変化の連続です。
これを固定された、変化しない「こころ」は無い(無我)と言う話。

 肉体の変化は終われば土にかえるだけです。
では「こころ」に終わりがあるのか、無いのか・・・・確認できません。
縁起の法則そのものです。(四諦)

 お釈迦様の教は、執着の「こころ」を無くし、「悪」をするよりも「善」をした方がいいでしょう。
「間違い」をしたら「謝りなさい」そして間違いをしないように「直しなさい」
このことの繰り返しが必ず「幸せ」をもたらす
(涅槃・解脱・悟りに確実に近づくと言う、不安の無い「こころ」のありよう)という教え

 言われてみればその通りなのですが・・・が、
偽りのない今の自分です。




「無我」の教えと「わたし」


先日「無我」の教えと「わたし」と題した講座をうけました。
講師は「日本テーラワーダ仏教協会」A・ スマナサーラ長老です。
73歳の爺さんは耳が遠く、記憶力も弱いです。
2時間の講義の中で、思い出せるものはこれだろうな~と言う話です

 「歳をとるってうれしいですか?」「体が弱っていくのは楽しいですか?」と聞かれれば
答えは当然「嫌です、一日でも元気でいたいです」と返事をして何の違和感もない。
つまり今のままで変化しない自分であってほしいと願っているのです。

 では「変化しない自分とはどうなったときですか・・・・❓」
ドッキリ、「死亡した時です」

 生まれてから、ずーっと変化の連続が私です。
つまり固定された、変化しない「わたくしは」どこにもありません(無我)と言うお話。

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プロフィール

かれいだにのよし

Author:かれいだにのよし
男・・・でも男はとっくに過ぎた お爺さん

お歳・・・決まって毎年一月十日に替わる。2010年満66歳

産地・・・富山県小矢部市嘉例谷(google earthで、生まれた家の屋根が確認できる)

名前・・・桜井 與三次郎

仕事・・・一生しない(好きなことを仕事にすれば 一生 仕事をせずに過ごせる。これ夢)

かわっているところ・・・間違い:失敗:ご迷惑:空気 読めないはもちろんです。そして、「事の良し悪しは 3歳の子でもわかる。それを 行うは80の爺さんでも難しい」と、開き直っている。

 拙いブログですけれども、リンクはフリーでございます。

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